douke_logo_0928.pngdouke_logo_0928.png

_DSC4254.jpg

chiran_tit02.gif
作:中村芳子、篠崎省吾 / 演出:永井寛孝

テーマソング
作詞:鹿児島の子ども劇場の青年たち
作曲:野田かつひこ

_DSC4479.jpg


天寿を全うして天国へやってきた香月今日子は、天国の受付係に「尋ね人」の依頼をする。

彼女が探したい人は、太平洋戦争で、17歳で特攻隊として飛んで行った恋人の柳川良彦。

ところが、天国の死亡登録簿に彼の名前はない。
驚く今日子に、係員は「消息検索機」を使って、今日子に良彦の消息を検索してみせる……。

戦後、中学校の英語教師となり、自立した女性として生きてきた今日子の79年の人生を通して、「人間の滑稽さ・素晴らしさ」「戦争の悲しさ」を考える青春物語。


鹿児島に足しげく通い出して、はや13年。『いつか、鹿児島が舞台の作品を創りたい』そう思っていた。そして、遂にそのチャンスが巡って来た。
「鹿児島県子ども劇場協議会高学年祭典」。鹿児島県の中学生高校生に見てもらう作品を作る事になったのだ。僕は、集まってくれた若者たちに熱く語った。
『知覧を舞台に作品を一緒に作ろう』『そんなの暗い。嫌だ』即答だった。『じゃ、どんなドラマがいいの?』『恋愛もの・青春もの』これも即答だった。『じゃ、恋愛ドラマをやろう。但し、1945年の知覧が舞台の……』彼らも乗ってきた。でも、ネタのアテがある訳ではなかった。『皆で、1945年当時の若者はどんな恋愛をしていたか、調べてみよう』
こうして、僕ら劇団道化と鹿児島の青年たちとの作品作りが始まった。女子高校生が頑張って、おばあちゃんに取材に行った。結果は、『当時は結婚が先。好きになるのは後』だった。では、恋愛はなかったのか?暗礁に乗り上げた。しかし、その女子高校生はおばあさんから特攻人形の作り方を習って、自ら作り上げて来ていた。
そして、とうとう、ラブレターらしきものの存在を見つけた。
僕らの作品作りは再開した。う〜んと、当時の若者たちの生き方を思い描きながら…、色んな若者が生きていたこと。そして、彼らが若者らしく懸命に未来を模索していたことを知っていった…。
こうして、一つのラブストーリーが完成しました。若者と一緒に創り出したフィクションをお楽しみ下さい。

NPO法人劇団道化理事長 篠崎省吾(2011年著)

chiran_002.jpg
chiran_004.jpg
chiran_003.jpg

「きけわだつみのこえ」岩波文庫新版第一集・同新版第二集
「紙屋悦子の青春」松田正隆作
「積乱雲」里中満智子:講談社
「ホタル帰る」赤羽礼子・石井宏:草思社
「知覧特別攻撃隊」村永薫編
「敗北を抱きしめて」ジョン・ダワー:岩波書店

chira_map.jpgchira_map.jpg
昭和16年。知覧に、太刀洗陸軍飛行学校知覧分教所が開校されました。ちなみに「太刀洗」とは、福岡県南部にある地名です。劇団道化からは車で40分ほどの所にある田園に囲まれた静かな町です。
さて、話を戻して、昭和16年。知覧分教所では、16才から23才くらいまでの若い人たちを主として、航空兵としての厳しい操縦訓練が行われていました。
しかし、昭和20年。戦争はどんどん悪化して、つまり、日本がどんどん負けていって、ついに「特攻命令」が下されました。
特攻隊、すなわち特別攻撃隊。これは、飛行機そのものを爆弾の代わりに敵の戦艦などに体当たりする攻撃をする隊を意味します。そして、知覧分教所は、本土最南端の特攻基地となりました。
飛行機を操縦する兵隊さんは、二度と帰ってくることはありませんでした。
沖縄戦では、知覧基地を主軸に万世、都城基地などから出撃し、1035名の尊い若者の命が亡くなりました。少年青年飛行兵の特攻隊の人たちは、出撃する時は『さようなら』の合図に飛行機の翼を上下斜めに振りながら、地上の人たちに別れを告げて飛び立って行ったそうです。

work_01.jpg

work_01_logo.gif

work_04.jpg

しょうぼうじどうしゃ じぷたしょうぼうじどうしゃ じぷた

nomupurin.gif

ノムとプリンのなにができるかな

work_03.jpg

work_03_logo.gif

chiran.gif

chiran_tit02.gifchiran_tit02.gif

work_04.jpg

kitusrin_logo.gifkitusrin_logo.gif